自分はサッカーについての知識は凡人以下で、
日本代表戦をたまにみるくらいの条件付きサッカーファンであることを断っておく。
その上で、中田英寿の引退のニュースを、驚きながらも強い共感をもって受け取った。
彼は、「プロとは何か?」という質問に対して常に答えを求め、
自分なりの答えを行動に表してきた人間である。
それが、ホームページに掲載されたコメントから生々しく伝わってきた。
プロとは、言動から身だしなみまで、すべてがプロでなければならない。このような姿勢は彼を始め、松岡修三や鈴木一郎選手など、一流を極めたスポーツ選手の多くに共通している。
中田選手も同様に、その姿勢が時には周りを動かしたが、時には空回りして「孤立」してしまった。自らのホームページにも、己が持つメッセージを「上手に伝えることは出来なかった」と振り返っている。
士気の高い人間が孤立することほど、その人間にとってもどかしいことはない。ほかのサッカー選手の誰よりも存在感を示し、それに見合う行動をとってきた彼にとって、世界とは何か、プロとは何かを日本代表にだけではなく、日本のファンに対して主張することが自己実現の一つだったのではないかと思う。
その自己実現も、サッカーという競技の枠では収まらない。サッカーを支えるメディアやファン、プロリーグの存在など、すべての条件がそろってこそ出来ることなのである。また、選手自身の強い意志と自覚なしに、プロスポーツはプロたりえない。
プロであることの責任を、彼はひとりで受け止めてきたのかもしれない。
自己実現のためには、サッカーだけでは足りないことは彼もよくわかっていたのだと思う。その証拠に、語学やファッション、企業経営など、並の選手の枠を超えている行動を見せている。また、孤高になることを自ら選び、己の価値がどれほどの物かも自覚しているのだと思う。
これからも、輝きを失うことなく新たな活動を再開していくことを期待する。
彼の引退コメントのなかには、決してぶれることのない哲学もかいま見られる。
考えて行動することの重要性や孤高になったことの自己分析、自らが負う責任、引き際の見極めなど、
彼の哲学から、少しでも多くのことを学び取りたい。
これらのことは、サッカーというスポーツの枠を超えて、世間の万事万象に適用可能である。身をもって悟った彼が語るからこそ、引退という尊い決断を重く受け止めたい。
そして、崇高な哲学を持ったプロスポーツ選手が活躍できる舞台が、これから増えていくことを期待したい。


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